「妊娠したら温泉やサウナはやめるべき」「湯船につかると赤ちゃんに菌が入る」といった話は、昔からの慣習や古い決まりごととして、今も語られることがあります。実際には、環境省は2014年に温泉施設の掲示基準を見直し、「妊娠中」を禁忌症(入ってはいけない状態)の一覧から外していて、日常のお風呂についても、いくつかのポイントを押さえれば問題ないと産科の一般的な情報で整理されています。この記事では、お風呂・温泉・サウナについて「本当に気をつけたいこと」と「気にしすぎなくてよいこと」を、公的な資料をもとに整理します。
結論から先に
妊娠の経過が順調であれば、毎日のお風呂に入ることも、温泉に入ることも、それ自体が問題とされるものではありません。かつて「妊娠中は温泉に入ってはいけない」とされていた根拠は医学的にはっきりせず、2014年に見直されています。
いっぽうで、まったく無制限というわけではありません。本当に気をつけたいのは、次の3点にほぼ集約されます。
- 深部体温を大きく上げないこと(とくに妊娠初期。熱すぎる湯・長湯・サウナ・岩盤浴には注意)
- のぼせ・立ちくらみを避けること(妊娠中は血圧が変動しやすい)
- 転倒を避けること(おなかが大きくなるとバランスをくずしやすく、浴室はすべりやすい)
「湯船から菌が入って赤ちゃんに感染する」という心配については、日常の入浴でそれを裏づける明確な根拠は示されていません。以下で、ひとつずつ整理していきます。
「妊娠中は温泉に入ってはいけない」は、今はどう整理されているか
日本では長いあいだ、温泉法にもとづく施設の掲示(「禁忌症」の一覧)に、「妊娠中(とくに初期と末期)」が含まれていました。温泉に行くと、脱衣所などに「次のような方は入浴を控えてください」という掲示があり、そこに妊娠中が書かれていた時期があったということです。
この掲示の基準を、環境省が2014年に約30年ぶりに見直しました。見直しの中で、「妊娠中」は禁忌症の一覧から外されています。理由として整理されているのは、妊娠中の入浴そのものを禁じるだけの医学的な根拠がはっきりしなかった、という点です。もともと一覧に入っていた背景も明確ではなく、浴室で足をすべらせやすいことなどへの配慮から来たのではないか、という見方も示されています。改正後の内容は2014年7月から適用されています。
つまり、「妊娠しているから温泉はだめ」という一律の決まりは、今の公的な整理では採用されていません。「妊娠しているかどうか」ではなく、「どう入るか」に目を向けるほうが、実際の体調管理には役立ちます。
「湯船につかると赤ちゃんに菌がうつる」という心配について
「お風呂や温泉のお湯から菌が入って、産道を通って赤ちゃんにうつるのではないか」という不安の声を聞くことがあります。ただ、通常のお風呂に入ることで、そうした感染が起こると裏づける明確な資料は示されていません。妊娠中も、体を清潔に保つうえで入浴は日常的なケアの一つとして整理されています。
気をつけたいのは、菌そのものよりも、共用の設備での一般的な衛生です。不特定多数が使う浴槽やサウナでは、床のすべりや設備の清潔さといった、妊娠の有無にかかわらず言えることに注意しておけば十分です。体調がすぐれないときや、破水が疑われるとき、出血があるときは、入浴の前に医療機関へ相談してください(後述します)。
本当に気をつけたいのは「温度」と「長さ」——深部体温の話
妊娠中の入浴で、医学的にいちばん整理しておきたいのが「体を温めすぎない」という点です。ここでいう温めすぎとは、体の表面ではなく、体の内部の温度(深部体温)が大きく上がる状態を指します。
米国産科婦人科学会(ACOG)をはじめとする海外のガイドラインでは、妊娠中に深部体温を大きく上げること、目安として約39℃を超えるような状態を、とくに妊娠のごく初期には避けるよう促しています。これは、熱すぎるお湯に長くつかる、サウナや岩盤浴で長時間過ごす、といった状況を想定した考え方です。ふつうの家庭のお風呂に短時間つかる程度で、そこまで深部体温が上がることは通常は考えにくいとされていますが、「長く・熱く」が重なると話は変わってきます。
妊娠初期はとくに配慮したい時期
妊娠のごく初期は、赤ちゃんの脳や脊髄のもとになる部分(神経管)がつくられる時期にあたります。この時期に体の内部が過度に高温になる状態と、神経管の発生上のトラブルとの関連が、複数の研究で指摘されています。数字としては、もともと多くはない頻度がわずかに上がる可能性、という水準で語られるもので、家庭でのふつうの入浴を心配しすぎる必要はありません。ただ、妊娠に気づく前後の時期に、あえて長時間のサウナや熱い湯につかり続けることは、避けておくほうが無難です。
サウナ・岩盤浴・長湯の考え方
サウナや岩盤浴は、深部体温が上がりやすく、あわせて汗をかいて脱水にもつながりやすい環境です。妊娠中は、これらを積極的にはおすすめしにくい、というのが一般的な整理です。かたく禁じられているという性質のものではありませんが、時間を短くする、温度の高い段を避ける、こまめに水分をとる、少しでも気分が悪ければすぐに出る、といった配慮が前提になります。判断に迷うときは、かかりつけの産婦人科に相談してください。
家庭のお風呂については、お湯の温度を38〜41℃くらいのぬるめから適温に、湯船につかる時間を10分程度を目安に、というのが産科の一般的な案内でよく示される目安です。熱いお湯に長くつかって「のぼせるまで温まる」入り方を避ければ、深部体温の面では過度に心配しなくてよい範囲に収まります。
のぼせ・立ちくらみ・転倒——入浴中の実際のリスク
妊娠中の入浴で、菌や温泉の成分よりも現実的に起こりやすいのが、のぼせや立ちくらみ、そして転倒です。
妊娠中は血液の量が増えるいっぽうで血管が広がりやすく、血圧が変動しやすい状態になります。熱い湯に長くつかったあとに急に立ち上がると、立ちくらみを起こしてふらつくことがあります。湯船から出るときは、いきなり立たず、ふちや手すりにつかまってゆっくり動くことが役立ちます。
また、おなかが大きくなるにつれて体の重心が変わり、バランスをくずしやすくなります。浴室や温泉の床はぬれてすべりやすいため、転倒はとくに避けたいポイントです。手すりを使う、すべりにくいマットを敷く、あわてて移動しない、といった工夫でリスクを下げられます。慣れない温泉やホテルの浴室では、段差や床の材質にも気を配ると安心です。
長湯は脱水にもつながります。入浴の前後で水分をとる、のどが渇く前に飲む、という基本は、夏場だけでなく一年を通して意識しておきたい点です。
温泉に入るときの実際的なポイント
ここまでを、温泉に出かける場面に落とし込むと、気をつけたいのは次のようなことです。
- 体調がよい日を選ぶ。少しでも張りや出血、体のだるさがあるときは無理をしない
- 熱すぎる湯や、長時間のサウナ・岩盤浴は避け、ぬるめの湯に短めにつかる
- のぼせを感じたら早めに上がる。立ち上がるときは手すりやふちにつかまる
- ぬれた床でのすべり・転倒に注意し、あわてて移動しない
- 入浴の前後で水分をとる
- 旅行先では、移動のつかれもたまりやすい。スケジュールに余裕をもたせる
妊娠の経過に気になる点がある場合や、切迫早産などで安静を指示されている場合は、これらの前に、まずかかりつけの産婦人科の指示が優先されます。旅行そのものの計画については、妊娠中の旅行・飛行機の記事もあわせて参考にしてください。
受診・相談を考えたい目安
次のようなときは、入浴を続ける前に、医療機関へ相談してください。
- おなかの張りが続く、強い痛みがある
- 出血がある、あるいは破水が疑われる(さらさらした水のようなものが出る)
- 強いめまい・立ちくらみをくり返す
- 発熱しているとき(この場合は温めることよりも、熱の原因の確認が先です)
- 医師から安静や入浴について具体的な指示が出ているとき
とくに発熱があるときは、お風呂で体を温めるかどうかの前に、その熱がどこから来ているのかを確かめることが大切です。妊娠中の発熱や体調不良は、自己判断で済ませず、かかりつけに相談してください。
まとめ
「妊娠中は温泉やお風呂を控えるべき」という言い方は、今の公的な整理では一律には採用されていません。2014年に温泉の掲示基準から「妊娠中」が外されたことは、その象徴的な出来事です。
入るかどうかを一律に決めるより、「どう入るか」を整えるほうが現実的です。熱すぎる湯と長湯・サウナを避けて深部体温を上げすぎない、のぼせと立ちくらみに気をつける、転倒を避ける、水分をとる。この4つを押さえれば、妊娠中の入浴は、日々の体のケアとして落ち着いて続けられるものです。判断に迷うことがあれば、そのつどかかりつけの産婦人科に相談していきましょう。
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参考にした主な情報源
- 環境省「温泉法に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意事項」(2014年の掲示基準見直し)
- 米国産科婦人科学会(ACOG)による、妊娠中の高温環境・深部体温についての一般向け情報
Dr.つのみ|臨床系専門医が執筆・監修しています。
【監修:Dr.つのみ】この記事は、公的機関の資料や学会・ガイドラインの一般向け情報をもとに整理したものです。医学的な情報の提供を目的としており、個別の診断・治療に代わるものではありません。体調や妊娠経過には個人差があります。気になる症状があるときや、入浴・旅行の可否について迷うときは、必ずかかりつけの産婦人科医にご相談ください。
