「つわりの時期でも、赤ちゃんのために栄養バランスの整った食事をとらなければいけない」という言い方は、いまも家庭や周囲から聞かれます。一方で、産科診療ガイドラインや厚生労働省の資料では、つわりの時期はまず休養・少量頻回の食事・水分補給を優先し、体重の減り方や尿中ケトン体などの指標をもとに受診を判断する、という順序で整理されています。この記事では、つわりの時期に食べやすいとされるものの共通点、タイプ別の工夫、栄養で気にしなくてよいこと、受診を考える目安を、公的資料と産科の標準的な整理に沿ってまとめます。
結論先出し|この記事の要点
- つわりの時期は、栄養バランスを整えることよりも「食べられるものを、少しずつ、回数を分けて」が優先されると整理されています。産科診療ガイドラインでも、休養と少量頻回の食事摂取・水分補給を促すことが示されています。
- 妊娠初期に上乗せが必要とされるエネルギーは1日あたり+50kcal程度とされています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」)。ごはん一口分ほどの量で、この時期に「しっかり食べられない=赤ちゃんに足りない」と直結する量ではありません。
- 食べやすいとされるものには共通点があります。①冷たい ②においが立たない ③水分がとれる ④一口が小さいの4つです。
- 水分がとれない、1週間で体重が2kg前後減る、といった状態は妊娠悪阻として扱われる範囲に入ります。がまんの問題ではなく、受診の対象です。
- 食べられるものが偏っても、避けたい食品のルール(リステリア・カフェイン・水銀など)は変わりません。詳しくは妊娠中に食べてよいもの・ダメなもの一覧で整理しています。
つわりの時期に、栄養バランスより優先されること
つわりは、妊娠初期に多くの妊婦さんが経験する症状で、吐き気や嘔吐、においへの敏感さ、食欲の変化などとして現れます。原因は十分には解明されていませんが、hCGなどのホルモン環境の変化が関与すると考えられています。多くは妊娠12〜16週ごろまでに落ち着いていくと整理されています(症状の全体像は妊娠初期のつわりで扱っています)。
この時期の食事について、産科診療ガイドラインでは、心身の安静のために休養をとることが症状の緩和につながることを説明したうえで、少量頻回の食事摂取と水分補給を促すという方向が示されています。つまり、標準的な整理においても「三食きちんと」「栄養バランスよく」は、この時期の優先事項として置かれていません。
「赤ちゃんの栄養が足りないのでは」という前提を、数字で外す
厚生労働省「日本人の食事摂取基準」では、妊婦のエネルギー付加量は妊娠初期=1日+50kcal、中期=+250kcal、後期=+450kcalとされています。初期の+50kcalは、ごはんにすればおよそ一口分にあたる量です。
つまり、妊娠初期は「量をたくさん食べる時期」として設計されていません。食べられる量が減っても、それがそのまま赤ちゃんの発育不足に直結する、と単純に置き換えられるわけではない、というのが医学的な整理です。この時期に大切なのは、水分がとれているか、そして体重が急激に減っていないかという2点です。
食べやすいとされるものの共通点(4つの軸)
「つわりのときはこれを食べましょう」という一律のリストは、医学的には成立しません。においや味の感じ方が人によって大きく変わるためです。そのかわり、食べやすいと案内されることが多い食品には共通点があります。
| 軸 | 理由として説明されること | 例 |
|---|---|---|
| ①冷たい・常温 | 温度が高いほど食品のにおいが立ちやすいため | 冷やしたおにぎり、そうめん、冷奴、ゼリー、シャーベット |
| ②においが立たない | 嗅覚の敏感さが吐き気の引き金になりやすいため | クラッカー、食パン、プレーンなパスタ、白身魚 |
| ③水分・塩分がとれる | 嘔吐で失われる水分と電解質を補うため | 経口補水液、味噌汁の上澄み、スープ、麦茶 |
| ④一口が小さい | 少量頻回にしやすく、空腹の時間を作りにくいため | 一口おにぎり、小袋のビスケット、カットフルーツ |
酸味のあるもの(柑橘類、トマト、酢の物)が食べやすいと感じる人が多い一方、酸味で症状が強くなる人もいます。「食べやすい食品」ではなく「食べやすい条件」を手がかりに探すほうが、現実には当てはめやすい整理です。
夏のつわりで、追加で気にしておきたいこと
暑い時期は、汗による水分の失われ方が加わります。冷たい麺類やアイス、果物は食べやすい一方で、水分は多くても塩分・エネルギーが不足しやすい組み合わせです。経口補水液や味噌汁など、水分と一緒に塩分がとれるものを1日のどこかに入れておくと、脱水に傾きにくくなります。夏の妊娠中の過ごし方は妊娠中の夏の過ごし方にまとめています。
つわりのタイプ別|工夫の方向
吐きづわり(食べると吐いてしまう)
食事の量を確保することより、水分を切らさないことが優先されます。一度にコップ1杯を飲むより、少量を何回にも分けて口に含むほうが続けやすいと案内されます。氷や凍らせた果物を口に入れる方法も、水分をとる手段のひとつとして挙げられます。固形物がまったく入らない日が続く場合は、後述の受診目安に当てはまるかを確認してください。
食べづわり(空腹になると気持ち悪くなる)
空腹の時間を作らないことが基本の方向です。朝、起き上がる前にクラッカーやビスケットを一口食べる方法は、古くから助産・産科の場面で案内されてきた工夫です。ただし、間食が増えると体重の増え方が急になる場合があります。妊娠中の体重管理の考え方と合わせて、つわりが落ち着いてから調整すれば十分に間に合います。
においづわり(においで気持ち悪くなる)
加熱調理はにおいが立ちやすいため、負担が大きくなりがちです。調理そのものを一時的に手放し、冷たいまま食べられるもの・調理済みのもの・レトルトや冷凍食品に置き換えることは、医学的に何も問題のない選択です。「手作りでないと栄養が劣る」という前提には、栄養学的な根拠がありません。
よだれづわり(唾液が増える)
唾液を飲み込むことで吐き気が強まる場合、無理に飲み込まずに吐き出す方法が案内されます。脱水に傾きやすい状態でもあるため、水分の確保は続けてください。
ビタミンB6・生姜・サプリメントの位置づけ
海外の産科ガイドライン(ACOG)では、妊娠期の吐き気・嘔吐に対して、ビタミンB6(ピリドキシン)単独、またはB6とドキシラミンの併用が薬物療法の第一選択として整理されています。また、薬を使わない選択肢として生姜が挙げられています。
ただし、市販のサプリメントは含有量も配合も製品ごとに異なります。ここは自己判断で量を決める領域ではなく、産婦人科の主治医に相談したうえで判断する領域です。つらい症状に対して処方で対応できる選択肢があることを知っておくこと自体が、この項目の要点です。
葉酸・鉄はどうするか
葉酸は、神経管閉鎖障害のリスク低減の観点から、妊娠1か月前から妊娠3か月ごろまでの摂取が厚生労働省から案内されています。つわりでサプリメントを飲み込むこと自体がつらい時期は、飲めるタイミング(体調が比較的落ち着いている時間帯)に寄せる、粒が小さい製品に替えるなど、続けられる形を探すのが現実的です。摂取量の考え方は葉酸サプリの選び方で整理しています。
鉄剤は吐き気が強まる場合があります。処方されている鉄剤でつわりが重くなっていると感じるときは、自己判断で中止するのではなく、飲むタイミングや製剤について主治医に相談してください。
食べられるものが偏っても、変わらないルール
食べられるものが限られる時期でも、妊娠中に避けたいとされる食品の考え方は変わりません。とくに次の3点は、つわりの時期に手が伸びやすい食品と重なるため、確認しておく価値があります。
- 非加熱の食品(生ハム・ナチュラルチーズ・スモークサーモンなど):リステリア菌への配慮から、加熱したものが案内されます。
- カフェイン:さっぱりするからと紅茶・緑茶・コーヒーが増えることがあります。1日あたりの目安は妊娠中のカフェインで整理しています。
- 魚の種類:さっぱりした刺身が食べやすいと感じる場合、生食の衛生面に加えて水銀の観点があります。妊娠中の魚と水銀を参照してください。
受診を考える目安|「がまん」の範囲を超えるライン
つわりが重症化した状態は妊娠悪阻(にんしんおそ)と呼ばれ、治療の対象となります。厚生労働省の資料では、重症化のおそれがある状態として、体重が1週間に2kg前後減少した場合、尿中ケトン体が陽性の場合、妊娠12週以降も症状が残る場合が挙げられています。
次のような状態は、様子を見る段階ではありません。産婦人科に連絡してください。
受診・連絡を検討する目安
- 水分がまったくとれない/飲んでもすぐ吐いてしまう状態が続く
- 1週間で体重が2kg前後減った、または妊娠前より明らかに減っている
- 尿の量が極端に少ない、色が濃い、半日以上出ていない
- 立ちくらみ、ふらつき、動悸が続く
- 吐いたものに血が混じる
- 強い頭痛、ものが見えにくい、意識がもうろうとする
妊娠悪阻に対しては、点滴による水分・電解質の補給や、症状に応じた薬剤の選択が行われます。「つわりは病気ではないから耐えるもの」という言い方が今も残っていますが、医学的には、脱水と体重減少が進んだ状態は治療の対象として扱われます。
よくある質問
Q. 食べられるものがアイスとゼリーだけです。赤ちゃんに影響はありますか?
妊娠初期のエネルギー付加量は+50kcal程度とされており、この時期に食べる量が減ること自体が、ただちに赤ちゃんの発育に結びつくとは整理されていません。優先すべきは水分と体重です。数週間単位で偏りが続く場合は、健診の際に食べられているものを具体的に伝え、必要に応じて相談してください。
Q. 市販のお惣菜や冷凍食品ばかりです。手抜きになりませんか?
調理法と栄養価の関係に、手作りかどうかという基準は含まれません。加熱済みの惣菜は、非加熱食品を避けるという観点からはむしろ扱いやすい選択肢です。においが立つ調理を避けられることも、この時期には実用的です。
まとめ
- つわりの時期は、栄養バランスより「食べられるものを少量頻回で・水分を切らさない」が優先されると整理されています。
- 妊娠初期のエネルギー付加量は+50kcal程度。食べる量の減少と赤ちゃんの発育を、直線的に結びつける必要はありません。
- 食べやすさの手がかりは冷たい・においが立たない・水分がとれる・一口が小さいの4条件です。
- ビタミンB6や生姜は産科ガイドラインで選択肢として挙げられていますが、自己判断で量を決める領域ではなく、主治医に相談する領域です。
- 水分がとれない/1週間で2kg前後の体重減少/12週以降も続く症状は、妊娠悪阻として受診の対象です。
「食べられない自分」を評価する話ではなく、水分と体重という測れる指標で、受診のラインを判断する。これが、つわりの時期の食事に関する医学的な整理です。
参考にした主な資料
- 厚生労働省「働く女性の心とからだの応援サイト|母性健康管理に関する用語辞典(つわり)」
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」(妊婦のエネルギー付加量)
- こども家庭庁/厚生労働省「妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針」
- 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン-産科編」(少量頻回の食事摂取と水分補給)
- American College of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)Nausea and Vomiting of Pregnancy
Dr.つのみ|臨床系専門医が執筆・監修しています。
免責事項:この記事は、公的機関の資料および産科の標準的な整理をもとにした一般的な情報提供です。個別の医療相談・診断・治療の代替となるものではありません。症状の判断や薬剤・サプリメントの使用については、必ず産婦人科の主治医にご相談ください。
