「授乳中はあれもこれも食べてはいけない」「母乳のためにお母さんは我慢するのが当たり前」と、家族や周囲の人、昔ながらの言い伝えとして語られることがあります。一方で、厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」や、こどものアレルギーに関する学会のガイドラインは、特定の食べ物を厳しく避けることよりも、栄養をバランスよく十分にとることを基本として整理しています。この記事では、授乳中の食事で本当に気をつけるとよいことと、いわゆる「食べてはいけないもの」の言い伝えがどこまで根拠のある話なのかを、公的機関や学会の考え方に沿ってまとめます。
この記事のまとめ(先に結論)
- 厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」は、授乳中の食事について特定食品の厳しい制限を求めておらず、いろいろな食品をバランスよく、必要量をしっかりとることを基本としています。
- 「妊娠中・授乳中のお母さんが特定の食べ物(卵・乳・小麦など)を避ければ、こどもの食物アレルギーになりにくくできる」という考え方は、学会のガイドラインでは効果が否定されており、母親の栄養状態にとってかえって好ましくないとして、すすめられていません。
- 「油っこいものや甘いものを食べると乳腺がつまる(乳腺炎になる)」という言い伝えには、十分な科学的根拠は確認されていません。乳腺炎は、おもに母乳がたまってうまく流れないこと(乳汁のうっ滞)が関係すると整理されています。
- 妊娠中は食べる量に気をつけたい魚(水銀を多く含む一部の魚)も、授乳中は厚生労働省の注意事項の対象外とされています。授乳中は魚を過度に避ける必要はありません。
- カフェインとアルコールは「食材」とは分けて考えるテーマで、それぞれ量やタイミングの目安があります。
- 気になる症状や、赤ちゃんの体調とお母さんの食事との関係が心配なときは、かかりつけの医療機関や地域の相談窓口に相談してください。
授乳中の食事は「制限」より「バランスよく十分に」が基本
授乳中というと、「これを食べてはいけない」というリストを思い浮かべる方が多いかもしれません。けれども、厚生労働省が示している「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定版)の考え方は、むしろ逆に近いものです。特定の食品を極端に避けることではなく、いろいろな食品を組み合わせて、必要な栄養を十分にとることを基本としています。
その背景には、母乳をつくり、赤ちゃんに授乳することで、お母さんの体はふだんより多くのエネルギーと栄養を使うという事実があります。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、授乳中はエネルギーの付加量として1日あたりおよそ350kcalが目安として示されています。つまり、授乳期は「減らす」時期というより、「必要な分をきちんと補う」時期という整理になります。
もちろん、栄養がかたよった食事や、極端な食べ方が続くことは、授乳中に限らず体調の面で好ましくありません。ただ、それは「特定の食材を敵視して避ける」こととは別の話です。ごはん・主菜・副菜をそろえ、水分をこまめにとる。この基本を続けることが、遠回りに見えていちばん確かな方法とされています。
「特定の食べ物を避ければアレルギーになりにくい」は誤解
授乳中の食事でよく心配されるのが、「お母さんが卵や乳製品、小麦などを食べると、母乳を通じて赤ちゃんが食物アレルギーになるのではないか」という点です。良かれと思って、これらの食品を自分から避けているお母さんもいます。
この点について、日本小児アレルギー学会の「食物アレルギー診療ガイドライン2016」や、その後の「アレルギーガイドライン2021」では、はっきりとした整理がされています。こどもの食物アレルギーの発症を避けようとして、妊娠中や授乳中に母親が特定の食物を除去することは、効果が否定されているうえに、母親の栄養状態にとって有害であり、すすめられない、とされています。
つまり、「お母さんが我慢して食べないこと」が、赤ちゃんのアレルギー対策になるという根拠は確認されていません。それどころか、必要な食品まで避けてしまうことで、お母さん自身の栄養がかたよってしまうことのほうが心配される、という考え方です。すでに赤ちゃんに食物アレルギーの診断がついている場合など、個別に医師の指示で食事を調整することはありますが、それは自己判断での「念のための除去」とは別のものです。判断に迷うときは、小児科やアレルギーの専門の医療機関に相談してください。
「油っこいものを食べると乳腺がつまる」という言い伝え
「甘いものやケーキ、揚げ物を食べると母乳がドロドロになって乳腺がつまる」「乳製品や肉を控えないと乳腺炎になる」という話も、長く語り継がれてきた言い伝えの一つです。
この「特定の食べ物が母乳をつまらせる」という説について、現在の主流の考え方では、十分な科学的根拠は確認されていないと整理されています。食べたものによって母乳が「つまりやすい状態」になる、という直接の因果関係は示されていません。
では乳腺炎はなぜ起きるのかというと、おもに関係するのは母乳がたまってうまく流れないこと、つまり乳汁のうっ滞です。授乳の間隔が大きくあいた、赤ちゃんが飲み残した、母乳が多くつくられすぎている、乳房が圧迫された、お母さんの疲れやストレスが重なった、といった要因が挙げられます。乳腺炎を起こしにくくするために大切なのは、食べ物を厳しく制限することよりも、赤ちゃんにこまめにしっかり飲んでもらうことだと考えられています。
ただし、乳房のはりや痛み、赤み、発熱などがあるときは、食事の問題として様子を見るのではなく、早めに助産師や産婦人科などに相談してください。乳腺炎は対応が遅れると悪くなることもあるため、「食べ物のせい」と自己判断で片づけないことが大切です。
妊娠中に気をつけた魚も、授乳中は考え方が変わる
妊娠中に「魚の水銀に気をつけて」と聞いていたお母さんは、授乳中も同じように魚を避けたほうがよいのか、と迷うことがあります。ここは、妊娠中と授乳中で整理が変わる分かりやすい例です。
厚生労働省は、一部の魚(キンメダイ、メカジキ、クロマグロ、メバチマグロなど、食物連鎖の上位にいて水銀を多く含みやすい魚)について、妊娠中の食べる量の目安を示しています。これは、水銀がおなかの赤ちゃんに影響する可能性を考えた注意事項です。
一方で、授乳中については、母乳を通じて赤ちゃんが受け取る水銀の量は少ないと評価されており、厚生労働省の注意事項の見直しでも、授乳中の母親はこの注意事項の対象外とされています。つまり、授乳中は魚を過度に避ける必要はなく、むしろ魚は良質なたんぱく質やDHAなどをとれる食品として、バランスよく食事に取り入れてよい、という整理になります。妊娠中の魚と水銀の考え方については、別の記事で詳しくまとめています。
カフェイン・アルコールは「食材」とは分けて考える
「授乳中に気をつけるもの」としてよく一緒に語られるのが、コーヒーなどのカフェインと、お酒(アルコール)です。これらは卵や乳製品のような「食材」とは性質が違い、量やタイミングという別の軸で考えるテーマです。
カフェインもアルコールも母乳に移ることが知られており、それぞれ「どのくらいまでなら」「どのくらい時間をあければ」という目安があります。これらは食べ物の制限とは考え方が異なるため、この記事では詳しく立ち入らず、それぞれのテーマとして整理しています。授乳中の飲み物・お酒について気になる場合は、専用の解説を参考にしてください。
授乳中に意識するとよいこと(制限ではなく充足の視点)
ここまで見てきたように、授乳中の食事は「何を減らすか」よりも「何を十分にとるか」で考えるほうが、公的機関や学会の整理に沿っています。特別なことをしなくても、次のような基本を続けることが土台になります。
- 主食・主菜・副菜をそろえる。ごはんやパンなどの主食、肉・魚・卵・大豆製品などの主菜、野菜やきのこ・海藻などの副菜を組み合わせると、自然と栄養のバランスが整いやすくなります。
- 水分をこまめにとる。母乳をつくるために体は多くの水分を使います。のどが渇く前を目安に、水やお茶などでこまめに補給しておくと安心です。
- 鉄分やカルシウムを意識する。授乳期は不足しやすい栄養もあります。赤身の肉や魚、大豆製品、乳製品、緑黄色野菜などを日々の食事に取り入れると補いやすくなります。
- 無理な食事制限を急がない。体型が気になる時期でもありますが、授乳中は必要な栄養がふだんより多い時期です。極端な制限を急ぐより、まずは規則的でバランスのよい食事を優先するほうが、結果的に体調を保ちやすいとされています。
「授乳中だから、あれもこれも我慢しなければ」と食事の楽しみまで狭めてしまうと、かえって続けにくくなります。基本を押さえたうえで、食べられるものを気持ちよく食べることも、授乳を続けていくうえで大切な要素です。
おわりに
授乳中の食事は、「食べてはいけないものリスト」を守ることよりも、いろいろな食品をバランスよく、必要量をしっかりとることが基本です。特定の食べ物を避けてアレルギーになりにくくするという考え方や、油っこいものが乳腺をつまらせるという言い伝えには、学会のガイドラインや現在の主流の整理では十分な根拠が確認されていません。妊娠中に気をつけた魚も、授乳中は過度に避ける必要はないとされています。気になる症状や、赤ちゃんの体調とお母さんの食事との関係が心配なときは、かかりつけの医療機関や地域の相談窓口に相談してください。
口にするものの可否をまとめて確認したいときは妊娠中に食べてよい・避けたい一覧で、授乳全体の進め方は母乳・混合・ミルクの考え方で、卒乳・断乳のタイミングは卒乳・断乳のタイミングで整理しています。あわせて参考にしてください。
ご利用にあたって
この記事は、公的機関や学会が示している一般的な情報を、やさしく整理してお伝えするものです。個々の体調や持病、赤ちゃんの状態によって適切な判断は変わります。医療上の診断・治療・個別の相談の代わりになるものではありません。気になる症状や不安があるときは、かかりつけの医療機関や地域の相談窓口にご相談ください。
Dr.つのみ|臨床系専門医が執筆・監修しています。
