「妊娠中はワクチンも薬もできるだけ避けるべきだから、インフルエンザの予防接種も控えた方がいい」——こうした言い方は、家族や周囲のあいだで今も聞かれます。実際には、日本で使われているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンで、産婦人科の領域では妊娠中の接種が基本的にすすめられており、妊娠の時期を問わず接種できるとされています(厚生労働省・国立成育医療研究センターなどの公的な情報)。この記事では、妊娠中のインフルエンザ予防接種について、安全性・受ける時期・赤ちゃんへの関わり・受ける前に確認したいことを、公的な情報にそって整理します。
結論から先に
先に要点だけをまとめておきます。
- 日本で接種されるインフルエンザワクチンは不活化ワクチンで、妊娠中の接種は基本的にすすめられています。
- 妊娠のどの時期(初期・中期・後期)に接種しても、ワクチンが原因で流産・早産・赤ちゃんの先天的なトラブルが増えることは、これまでの多くの研究では確認されていない、と報告されています。
- 妊娠中にインフルエンザにかかると、かかっていない人と比べて重症化しやすいことが知られており、母体を守るという意味でも接種が検討されます。
- 接種で作られた抗体は胎盤を通って赤ちゃんにも渡り(移行抗体)、生後6か月ごろまでの赤ちゃんの発症リスクを下げることが報告されています。生後6か月未満はワクチンそのものを接種できないため、この点は意味が大きいとされています。
- 受ける時期は流行が本格化する前が目安です。日本では例年12月〜3月ごろに流行するため、10〜11月ごろの接種が一つの目安になります。
- インフルエンザワクチンは、妊婦さんにとっては任意接種(自費)です。2026年4月から始まった妊婦さんへの「RSウイルスワクチンの定期接種」とは別のものなので、混同しないよう整理しておきます。
- 最終的に受けるかどうか・いつ受けるかは、かかりつけの産婦人科医と相談して決めるのが基本です。
妊娠中にインフルエンザにかかるとどうなるのか
「なぜ、避けた方がよさそうに思えるワクチンを、むしろすすめるのか」。ここが分かりにくいところなので、先に整理します。
妊娠している時期は、体の状態が少しずつ変化していきます。おなかが大きくなるにつれて肺がふくらみにくくなり、心臓や免疫のはたらきにも変化が起こります。こうした変化のために、妊娠中にインフルエンザにかかると、妊娠していない同年代の人と比べて肺炎などで重症化しやすいことが、複数の報告で示されています。特に妊娠の後半で影響が出やすいとされています。
つまり、妊娠中はかかったときの影響が大きくなりやすいため、あらかじめそのリスクを下げておきたい、という考え方です。ワクチンを避けることと、感染そのものを避けることを、天びんにかけて考える、という整理になります。世界保健機関(WHO)をはじめ、多くの国の公的機関が、妊婦さんをインフルエンザワクチンの優先的な接種対象の一つと位置づけています。
日本のインフルエンザワクチンは「不活化ワクチン」
ワクチンには大きく分けて、病原体の力を弱めて生かしたまま使う「生ワクチン」と、病原体を処理して感染する力をなくした「不活化ワクチン」があります。妊娠中は、生ワクチンは原則として控えることになっていますが、不活化ワクチンはその制限の対象ではありません。
日本で毎年の季節性インフルエンザに対して注射で接種されているワクチンは、この不活化ワクチンです。ウイルスが体の中で増える力を持っていないため、ワクチンが原因でインフルエンザに「かかってしまう」ことはない、と説明されています。妊娠中の接種について、日本の産婦人科の公的な情報や国立成育医療研究センターの情報でも、基本的に問題ないと考えられており、推奨されると整理されています。
妊娠のどの時期に受けられるか
「初期はやめておいた方がよいのでは」と考える方もいますが、インフルエンザワクチンについては、妊娠の時期を問わず接種できるとされています。世界中の多くの研究で、妊娠初期・中期・後期のいずれの時期に接種しても、ワクチンが原因で流産・早産・赤ちゃんの先天的なトラブルが増えるという結果は確認されていない、と報告されています。
そのうえで、実際に受けるタイミングは「安全に受けられる時期」ではなく「流行前かどうか」という観点で考えるのが一般的です(時期の目安は後の章で整理します)。
注意したいのは「経鼻タイプの生ワクチン」
近年、鼻にスプレーするタイプのインフルエンザワクチン(経鼻弱毒生ワクチン)も登場しています。こちらは「生ワクチン」にあたるため、妊娠中は接種の対象にならないとされています。妊娠中に受けるのは、あくまで注射の不活化ワクチンです。どのタイプかを自分で判断するのは難しいので、予約や問診の際に「妊娠中である」ことを必ず伝えることが大切です。
赤ちゃんへの関わり——「移行抗体」という考え方
妊娠中の接種には、母体を守ることに加えて、生まれてくる赤ちゃんに関わるもう一つの意味があると報告されています。
妊娠中にワクチンを接種すると、母体で作られた抗体が胎盤を通って赤ちゃんに渡ります。これを「移行抗体」と呼びます。この移行抗体によって、生後6か月ごろまでの赤ちゃんがインフルエンザにかかる可能性が下がることが知られています。
ここが大切な点なのですが、インフルエンザワクチンそのものは生後6か月未満の赤ちゃんには接種できません。つまり、生まれたばかりの赤ちゃん自身はワクチンで守ることができない時期があります。その時期を、母体からもらった抗体でカバーする、という考え方です。妊娠後期に接種すると、生まれた直後の赤ちゃんに抗体が渡りやすいとされています。
受ける時期の目安——「流行前」がよいとされる理由
インフルエンザワクチンは、接種してすぐに効果が出るわけではありません。一般に、接種の約2週間後から抗体が十分に高まり、その後おおよそ5か月程度は効果が続くとされています。
日本では、インフルエンザは例年12月ごろから増えはじめ、1〜3月ごろにかけて流行します。抗体が高まるまでの時間を考えると、流行が本格化する前、つまり10〜11月ごろまでに接種を済ませておくのが一つの目安になります。この記事を読んでいるのが夏の終わりから秋のはじめであれば、かかりつけの産婦人科で今シーズンの接種について相談しはじめるのにちょうどよい時期といえます。
もちろん、流行が始まってからでも接種する意味がないわけではありません。ただ、抗体が高まるまでに時間がかかることを踏まえると、早めに計画しておく方が安心です。妊娠の週数や体調、出産予定日との兼ね合いもあるため、具体的な時期は主治医と相談して決めるのがよいでしょう。
「定期接種」ではなく「任意接種」——RSウイルスワクチンとの違い
混同されやすいところなので、ここで制度の面も整理しておきます。
妊婦さんにとって、季節性インフルエンザの予防接種は任意接種にあたります。任意接種とは、本人の希望にもとづいて受けるもので、費用は原則として自己負担(自治体によって助成がある場合もあります)です。受けるかどうかは、メリットとデメリットを理解したうえで自分で選ぶことになります。
一方で、2026年4月からは、妊婦さんを対象にしたRSウイルスワクチンの定期接種が始まりました。これは、妊娠28週から36週の時期に接種することで、母体から赤ちゃんへ抗体を渡し(母子免疫)、生まれたあとの赤ちゃんがRSウイルスで重症化するのを防ぐことをねらったものです。予防接種法上の位置づけが異なり、対象の週数も決まっています。
つまり、同じ「妊娠中に受けるワクチン」でも、インフルエンザ(任意接種)とRSウイルス(2026年4月から定期接種)は、目的も制度上の扱いも別のものです。「妊婦の予防接種が定期接種になった」という話を耳にして、インフルエンザも自動的に無料になった、と受け取ってしまうと行き違いが起きやすいので、分けて理解しておくと安心です。RSウイルスワクチンについては、RSウイルス感染症の記事で整理しています。お子さん自身の予防接種の全体像を知りたい方は、未就学児の予防接種スケジュールの記事もあわせてご覧ください。
受ける前に確認しておきたいこと
妊娠中にインフルエンザワクチンを検討するとき、事前に整理しておきたいのは次のような点です。いずれも、最終的にはかかりつけの産婦人科医・接種を行う医療機関と相談して確認する内容です。
- 妊娠中であることを必ず伝える:予約時・問診票・接種前の問診で、妊娠していること(週数)を伝えます。前述の経鼻生ワクチンを避けるためにも大切です。
- 卵アレルギーなどのアレルギー歴:過去にワクチンや卵で強いアレルギー反応が出たことがある場合は、必ず申告します。多くの場合は接種可能とされていますが、判断は医師が行います。
- 発熱など体調がすぐれないとき:接種当日に発熱がある・体調が悪いときは、日程を調整することがあります。
- 接種後の一般的な反応:接種した部位の痛み・赤み・はれ、軽い発熱やだるさが出ることがあります。多くは数日でおさまるとされていますが、症状が強い・長く続くときは接種した医療機関に相談します。
- 妊婦健診の予定との兼ね合い:健診の際にあわせて相談すると、週数や出産予定日を踏まえた時期の見当がつけやすくなります。
受診・相談の目安
ワクチンを受ける・受けないにかかわらず、妊娠中に高い熱が出たり、インフルエンザが疑われる症状(急な高熱・強い倦怠感・関節の痛み・せきなど)が出たりしたときは、自己判断で市販の解熱薬などを使う前に、まず医療機関に相談してください。妊娠中は使える薬・避けたい薬の考え方があるため、電話で問い合わせたうえで受診するのが安心です(詳しくは妊娠中の薬の考え方の記事でも整理しています)。
また、以下のような場合は、早めの相談・受診を検討する目安になります。おなかの張りが続く、出血がある、破水したかもしれない、胎動がいつもより明らかに少ない、呼吸が苦しい、水分がとれない——このような症状があるときは、様子を見ずにかかりつけの産婦人科に連絡してください。
まとめ
「妊娠中はワクチンを避けるべき」という言い方は広く残っていますが、こと季節性インフルエンザに関しては、日本で使われるのは不活化ワクチンであり、妊娠中の接種は基本的にすすめられている、というのが公的な情報にもとづく整理です。妊娠中にかかると重症化しやすいこと、そして母体からの移行抗体が生後6か月ごろまでの赤ちゃんを守る助けになることが、その背景にあります。
受ける時期は流行前が目安で、10〜11月ごろまでに済ませておくと計画が立てやすくなります。インフルエンザは任意接種で、2026年4月から始まったRSウイルスの定期接種とは別のものです。どちらも「受けるべきかどうか」を一律に決めるのではなく、ご自身の妊娠の経過や体調をよく知っている主治医と相談しながら、納得して選んでいくことが何より大切です。
Dr.つのみ|臨床系専門医が執筆・監修しています。
※この記事は、一般的な医学的情報を分かりやすく整理することを目的としたものであり、個別の診断・治療や、医師による説明・指導に代わるものではありません。妊娠中の予防接種の可否や時期については、必ずかかりつけの産婦人科医・接種を行う医療機関にご相談ください。記載内容は公開時点で確認できる情報にもとづいています。制度や推奨は変わることがあるため、最新の情報は厚生労働省・お住まいの自治体・医療機関でご確認ください。
